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夜空はいつでも最高密度の青色だ

東京、特に冬の夜は早く暗くなるしで。帰り道では、もう暗くなり始めてしまった。空は深い青色に包まれている。空だけでなく、山や高い建物も全てが濃い青色に包まれます。その青は特に心を沈ませるもので、私の心は屈折した寂しさで埋まってしまう。

食後に私は習慣的に部屋で吉本ばななの作品を読み始める。気に入りは、ひとりの時間に彼女の作品を読むことで、吉本さんの言葉には大きな起伏がなく、むしろ平淡過ぎるほどの文章が多い。その文字は、流れる水だ。「私と街ちた」では、彼女は子供を持った日々を振り返り、初恋の死を夢見たことを語っている。偶然に現実で再会することになり、吉本さんは、物事が変わってしまった生活の中で、初恋の安否を知ったときに心が晴れ晴れとし、一瞬で執着を手放すことができたと語っている。

もしかしたら、追憶の歲月に達したのかもしれない。最近の夢の中で、昔の連絡が途絶えた人々に再会した。たとえば、中学校の数学の先生。蔡先生は中五のときに新任の教師としてやって来た。背が高く、細いで、元々生まれ持った外見的な着こなしの上手、やや自己愛的で、歩く姿は誇り高いものであった。面白い先生だったが、同時にとても真剣だったのだと思う。私たちが無造作に提出した宿題を真剣に見てくれたが、口は少し悪いものの、心の中では学生の学習進度をとても気にかけていた。彼のユーモア溢れる授業のおかげで、数学が苦手で自分には才能がないと思い込んでいた私も、徐々に興味を持つようになった。

蔡先生は自ら数学の補習グループを作り、毎回最大10人の学生が参加し、放課後に一緒に数学の問題を解いた。皆わ興味を持てなかったので、毎回参加するのは私を含めて3、4人だけだった。一度、みんながすぐに問題を解いたとき、蔡先生は急に私たち数人を映画に連れて行こうと言った。私は当時『あの頃、君を追いかけた』にはあまり興味がなかったので、断ろうと思った。だが、蔡先生は「今はわからなくても、日が経てば理解できるよ」と言って、私も行ってみようかなと思った。もしかしたら、後で何か得るものがあるかもしれない。

映画は、男子たちが優秀な女子に恋をする話であった。細かい内容は忘れてしまったが、沈佳宜の結婚式の場面が特に印象に残った。柯景騰が、式の最中に新郎の足を引っ掛けようと考えていたが、沈佳宜が入場するときの幸せそうな笑顔を見て、彼は真に愛することの意味を悟り、相手の幸せを心から願うようになる。新郎をからかう計画も消えてしまった。その時、唯一隣にいた蔡先生は、涙を流していた。終わった後、先生にティッシュを渡し、彼が言った言葉が心に刻まれた。「永遠は、喪失でしか表現できない。」

先生の過去の悲しみについて、学生の立場で私がコメントすることはできないと思った。その後間もなく、蔡先生はさらに良い学校に勤め。Facebookの連絡先を交換したようだが、私はFacebookを持っておらず、今もあまりソーシャルメディアを使っていない。卒業後、蔡先生とは一度も会っていないし、連絡を取ることもなかった。

夢の中で再会した蔡先生には驚いた。彼は今も背が高く、細で自信に満ちているように見えた。しかし、私は彼と少しも会話することなく、彼は教室を出て行ってしまった。そして、夢は他の夢と重なり合い、私はただ自己の場所だけに移動した。もし時間があれば、先生に伝えたい。「やはり先生の仰る通り、時間が経つにつれて、失うことが記憶を長く保つことになる」と。

さよなら、私がいたことを、見失う君の瞳は美しいまま。

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 © 2014 by Nicola Ulaan.

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